姓を奪われた人たち:ベトナムにグエンがこれほど増えた800年と名前の読み方
ベトナムでは三人に一人ほどがグエン姓です。ところが政府が姓を数えていないので、正確な数字は誰も知りません。この姓がここまで増えた理由は1232年の記録から始まります。

ホテルのフロントで必ず起きること
ベトナムに三日いれば、グエンという名前を一日に何度も目にします。フロント係の名札にあり、タクシー運転手の登録証にあり、さっき通り過ぎた道の名前にもあります。
最初は偶然だと思います。ところが次の街へ移ってもまったく同じです。ガイドもグエン、食堂の主人もグエン、空港で対応してくれた職員もグエンです。
この国では三人に一人、多い推計では四人に一人以上がこの姓を名乗ります。日本でいちばん多い佐藤さんが人口の1.5%ほどですから、桁がふたつ違う世界です。
そこで二日目あたり、宿帳にグエンが四人並んでいるのを眺めながら、誰もが同じ疑問にたどり着きます。どうして一つの名前が国全体を覆ってしまったのか。
名字だけでは人を特定できません
ホテルの予約リストにグエンが複数並ぶのは日常です。係員は姓を聞いても誰だか分からないので、名前のほうをもう一度尋ねます。
ベトナムで人を姓で呼ばない理由がここにあります。姓で呼びかけたら、その場の半分が振り向いてしまいます。
フロントで姓を言って聞き返されても、発音が悪かったわけではありません。名前の最後のほうをひと言添えると一発で見つかります。
旅行全体を組むなら、まずベトナム旅行ガイドを見ると順番が決まります。

どれが苗字なのか
ベトナムの名前は姓が先に来ます。日本や中国、韓国と同じ並びです。
違うのは真ん中です。姓、ミドルネーム、名前の三つに分かれています。
グエン・ティ・トゥオンヴィという名前なら、グエンが姓、ティがミドルネーム、トゥオンヴィが名前です。呼ぶときに使うのは最後のトゥオンヴィです。
ミドルネームが性別を知らせていた時代
古いやり方では、真ん中に決まった字を入れました。女性はティ(Thị)、男性はヴァン(Văn)です。
ベトナム語の名前は男女どちらでも使える字が多いので、名前を見ただけで性別が分かるようにした仕組みでした。年配の方の名前にはこの二字が頻繁に出てきます。
いまはこの付け方をしない家庭が増えました。代わりに意味のいい字を選びます。ミンは明るい、ゴックは玉、ドゥックは徳、バオは宝、クインは夜に咲く花です。
同じ名前が多すぎて生まれた枠です
ミドルネームには別の働きもあります。姓が十数種類しかないので、姓と名前だけでは同姓同名が次々に出てしまいます。
真ん中に一枠あれば区別がつきやすくなります。一族の世代を示したり、先祖の名前から一字もらったりもします。
ミドルネームを二つ持つ人もいます。ベトナムの名前が三つに分かれていたり四つに分かれていたりするのはそのためです。前と後ろは固定で、真ん中だけが伸び縮みします。
四つに分かれている名前をどう読むか
名刺に四つ並んでいると、どこで切るか迷います。判断の仕方は単純で、先頭が姓、末尾が名前、あいだは全部ミドルネームです。
グエン・ティ・トゥオン・ヴィと四つに見える場合でも、姓はグエン、呼ぶのはトゥオン・ヴィです。真ん中のティだけがミドルネームになります。
末尾が一音節か二音節かは、見ただけでは分かりません。トゥオン・ヴィは二音節でひとつの名前ですが、別の人ならヴィだけが名前でトゥオンがミドルネームということもあります。
迷ったら本人に聞くのがいちばん早いです。ベトナムの人にとっても「どこからが名前か」は説明し慣れた話題で、嫌な顔はされません。


呼ぶときは後ろからです
ベトナムでは社長も医者も名前のほうで呼びます。初対面でも、公の場でも変わりません。
姓で呼ぶ習慣がそもそもありません。数が少なすぎて、呼んでも情報にならないからです。
丁寧さを担っているのは、名前の前に置く語のほうです。年齢と関係を示す語を付けます。
丁寧さを担うのは名前の前に置く語です。自分より少し年上の男性にはanh、女性にはchị。年下にはem、祖父母の世代には男性がông、女性がbàです。相手の名前ではなく相手との関係で変わります。
ミドルネームは口に出しません
ティは声に出しません。グエン・ティ・トゥオンヴィはトゥオンヴィと呼び、語を付けて「チ・トゥオンヴィ」になります。
名前が一音節なら、その一音節だけを呼びます。名札にLinhとだけあれば、リンと呼べば通じます。
ベトナムの名前は、書かれた形と呼ばれる形が別物です。この差が旅行者をいちばん戸惑わせます。
日本人がやりがちな間違い
名刺をもらって姓で挨拶する癖があると、ここで空回りします。グエンさん、と呼びかけると相手が一瞬止まります。
失礼ではありませんが、誰も使わない言い方なので不自然に響きます。名前のほうを呼ぶのが自然です。
会議で相手を指すときも同じです。日本語の感覚では砕けて聞こえますが、ベトナムではこれが正式な呼び方です。名刺に肩書きが並んでいても、口にするのは名前のほうだと覚えておくと迷いません。
どれが名前か分からないときはいちばん後ろの一つか二つを呼べば、たいてい当たります。
呼び方と挨拶はベトナムのマナーとチップでもう少し詳しく扱っています。
ところが誰も正確に数えていません
「40%」という数字をどこかで見たはずです。出典をたどると行き止まりに出ます。
ベトナム政府は姓を数えていません。戸籍制度が個人の情報だけを管理していて、どの姓が何人いるかは集計項目に入っていないからです。公安省の国家人口データベースも姓の比率を公表したことがありません。
ですから出回っている数字はすべて研究者の推計です。そしてその推計が食い違います。
二位が誰かも資料によって違います
グエンが一位である点は全員が一致します。その下が揺れます。
2005年の資料はチャンを二位、レーを三位に置きます。もう一方はレーが二位でチャンが三位です。丸めの誤差ではなく順位の入れ替わりです。
四位のファムから下はおおむね同じ並びですが、比率は資料ごとに1〜2ポイント動きます。
この記事に出てくる比率はすべて推計です。政府発表の公式数値ではありません。どの資料から取ったかを併記してあります。
それでも一致している事実があります
どの資料でも、上位14〜16の姓が人口の90%を超えます。
人口一億を超える国で、メモ用紙に書ける程度の一覧がほぼ全員を覆っています。残りの数百の姓を全部足しても一割に届きません。

1232年、ある一族が姓を奪われました
グエンが増えた最初のきっかけは、祝い事ではありませんでした。李朝が倒れ、陳朝が立った直後の出来事です。
実権を握っていたのはチャン・トゥ・ドです。新王朝の地盤を固めるにあたって、前の王朝の痕跡を消しにかかりました。
持ち出した名分は避諱でした。目上の者の名前に使われた字を、下の者が使えなくする古い制度です。陳の太宗の祖父の名がチャン・リー(Trần Lý)でした。
その名に「リー(Lý)」の字が入っているという理由で、リー姓の人々は姓を変えさせられました。指定された姓がグエンです。
祖先を祀る場で起きたこと
この改姓には、はるかに重い事件が付いています。ホアラムのタイドゥオンで、李氏一族が歴代の李の皇帝に祭祀を行っていた場に惨劇があったと史書は伝えます。
生き残った人々は姓だけでなく名前まで変えました。李氏の宗廟は取り壊され、祭祀の場はディンバンへ移されました。
いまもその場所には、李朝八代の皇帝を祀る廟が残っています。ハノイから車で一時間ほどです。
ディンバン 李朝廟地図
記録はどこに残っているか
ベトナムの二つの史書がこの件を書き残しています。『大越史記全書』と『欽定越史通鑑綱目』です。後者は阮朝の国史館が編纂した書物です。
つまり阮朝の学者が、自分たちの王朝より前にグエンという姓がどう増えたかを、自分で記録したことになります。
姓が変わると家譜が切れます
ベトナムの家では家譜を持ち、祖先に祭祀を行います。民家や小さな食堂に入ると、線香の上がった祭壇をよく見かけます。この習慣はいまも生きています。
姓が変わると、その記録が一度切れます。変える前の祖先と変えた後の子孫が、書類の上では別の家になってしまうからです。
改姓させられた家は家譜を隠したり、口伝えで受け継いだりしました。何代か経てばその記憶も薄れます。
いまグエン姓を名乗る人の多くが、自分の家がもともと何姓だったか知らない理由はここにあります。


その後も姓は変わり続けました
1232年の件が一度きりだったなら、グエンがここまで増えることはありませんでした。ベトナムの歴史では、集団で姓を変える出来事が何度も繰り返されます。
王朝が交代するたびに二つのことが同時に起きました。新しい朝廷は功を立てた者に自分の姓を与え、倒れた側の人々は姓を隠しました。
与えるほうは栄誉、隠すほうは生存です。向きは逆なのに結果は同じでした。姓の種類が減っていきます。
功を立てると王の姓をもらえました
1428年の件は向きが逆です。黎太祖が明の軍を追い出して国を建てたあと、ともに戦った者に自分の姓を分け与えました。
受けたのが221人です。一人が姓を受ければその下の子孫全員がその姓になりますから、数代でレー姓は大きく膨らみます。
これを国姓下賜といいます。褒美を与えると同時に相手を王室に縛りつける方法でした。姓を受けた者は王と同じ一族になったわけで、裏切りにくくなります。
阮朝も同じことをしました。ですからいまのグエン姓には、もとは別の姓だったのに下賜を受けた家が混じっています。
チャン氏も姓を奪われた側でした
1462年の件を見ると、この話がグエンだけのものではないと分かります。リー氏から姓を奪ったのがチャン氏でしたが、230年後にはそのチャン氏が同じ理由で姓を変えさせられました。
名分はまたも避諱です。皇太后の名に「チャン」の字が入っていました。黎聖宗はチャン姓をチュオン姓に改めるよう命じます。
いまベトナムでチュオン姓は上位十位に入ります。そのうちどれだけがこのとき姓を変えた家の子孫なのかは、誰にも分かりません。
マク氏は自分から姓を捨てました
1593年に莫朝が倒れたあとは、性質が違います。命令で変わったのではなく、子孫が自ら散りました。
ある家は北の山間へ逃れ、ある家は姓を変えて南へ下りました。その一部が選んだ姓がグエンです。そのときすでにグエンは、いちばん目立たない姓だったからです。
ありふれた姓の中に隠れるのが安全で、そうやって隠れた人々がその姓をさらにありふれたものにしました。

そしてグエンが王の姓になりました
1802年、グエン・アインが国を統一して帝位につきます。元号を嘉隆といい、ベトナム最後の王朝がここから始まります。
この王朝は1945年まで続きました。途中でフランスが入って実権を握りますが、帝位そのものは最後まで阮家が保ちました。
グエンは140年余り王室の姓だったわけです。この間にこの姓は権威と正統性を指す名前になります。官職を目指す人にも、商いで身を立てようとする人にも、この姓は有利に働きました。
フエへ行けばその痕跡がそのまま残っています。王宮の中の世廟には阮朝歴代皇帝の位牌が祀られ、街の外れには嘉隆帝の陵があります。
フエ王宮 世廟地図
王族の子孫は別の姓を使います
ここで話が一度ねじれます。阮朝の直系の子孫はグエンではなく、トン・タットという二字の姓を使います。女性はトン・ヌです。
ベトナムの姓はほとんどが一字なのに、これは二字です。王族であることを示すために分けた姓だからです。
そのため先ほどの統計には穴があります。トン・タットとトン・ヌはグエンの比率に入りません。血筋でたどれば、実際の阮系は数字より広いことになります。
最後の一歩はフランスが置いたと言われます
1880年代からフランス植民地政府が近代的な戸籍を作り始めます。全員に固定した姓を書き入れる制度でした。
ところが当時の農村には、姓を使わずに暮らしてきた人が大勢いました。そうした人々に登録の過程で姓が付き、その姓がたいていグエンだった、と語られています。
この部分は広く語られますが当時の記録で確かめるのが難しい話です。年まで史書に書かれている先ほどの改姓とは性質が違います。「そう伝えられている」程度に読むのが正確です。
王宮と皇帝陵の実際の回り方はフエ旅行ガイドにまとめてあります。



結婚しても姓は変わりません
ベトナムの女性は結婚しても姓を変えません。法律上、婚姻の日に何も動きません。
民法には配偶者の姓を名乗る道も用意されています。ただし外国人と結婚して相手国の法に従う場合の条項で、国内ではほとんど使われません。
ですからベトナムの家庭では夫婦の姓が違うのが普通です。グエン姓の男性と結婚したチャン姓の女性は、生涯チャン姓のままです。
結婚で姓が変わる国から来ると、ここは少し慣れが要ります。家族でホテルを取ると名簿に姓が二つ並びますが、間違いではありません。
子は父の姓を継ぎます
妻が姓をそのままにする代わり、子は父の姓を受けます。家系は男系でつながっていきます。
グエンが減らずに続く仕組みがこれです。新しい姓が生まれず、既存の姓がそのまま下りていきます。
近ごろは父の姓と母の姓を両方入れる家もあります。その場合は父の姓が先に来て、母の姓はミドルネームの位置に入ります。書類上の姓はやはり父方です。
娘に別の姓を付ける村があります
ハノイ郊外のソンドン社では少し違うことをします。息子には父の姓をそのまま与えるのに、娘には父のミドルネームを姓として出生届を出します。
同じ親から生まれた兄妹の姓が、書類の上で違うことになります。この慣習はあとでもう一度出てきます。いまも役所で問題を起こしているからです。
ベトナムで家族関係を書類で確かめる場面があっても、姓が同じかどうかで判断してはいけません。夫婦はもともと違いますし、兄妹も違うことがあります。
ビーチ通りの名前が人の名前だということ
ダナンのミーケービーチ沿いの大通りの名前はヴォー・グエン・ザップです。ビーチ前のホテルを予約すると住所にこの名前が入ります。
ここに落とし穴があります。この名前に入っている「グエン」は、この記事で話してきた姓ではありません。
ヴォー・グエン・ザップで姓は先頭のヴォー(Võ)です。グエンはミドルネームの位置にあります。しかも綴りが違います。姓のグエンはNguyễnで、この人のミドルネームはNguyênです。声調記号の付き方が別物です。
ダナン ヴォー・グエン・ザップ通り地図
ベトナムの道の名前はほとんどが人名です
この国の道の名付け方がそうなっています。歴史に名を残した人を道にします。ですから街を歩くと、半日で人名を数十個通り過ぎることになります。
ホーチミン市中心部の歩行者天国の名前はグエン・フエです。こちらは本物のグエンで、西山朝を開いた光中帝の本名です。
グエン・フエ通り地図
ここで二つの事実を並べてみてください。光中帝の西山朝を倒してその座についたのが、嘉隆帝ことグエン・アインです。戦い合った二人が同じ姓を名乗っています。そして同じ街に両方の名前の道があります。
同じ名前の道がどの街にもあります
人名を道にするので、街ごとに同じ名前の道ができます。グエン・フエ通りはハノイにもフエにもニャチャンにもあります。
これは豆知識ではなく実務の問題です。道の名前だけを運転手に伝えると、まったく別の場所に着きます。
配車アプリや配達に住所を入れるときは、道の名前だけでなく区と市まで入れてください。同じ名前の道が一つの街に二本あることもあります。
グエン・フエ通りを含む市内の動線はホーチミン旅行ガイドにあります。
その通り沿いの宿を選ぶならダナンの宿をエリア別にを参考にしてください。



漢字から来たのに中国より偏っています
ベトナムの姓はほとんどが漢字から来ています。それなのに中国より種類が少なく、偏りははるかに強いのです。
ベトナムで確認されている姓は千余りです。中国は六千ほどとされます。六倍の差があります。
偏りを見るとさらに開きます。中国では上位百の姓が人口の九割ほどを覆います。ベトナムでは上位14〜16が同じ仕事をします。
同じ字なのに読み方が違います
グエンの漢字は阮です。中国語ではルアン、日本語ではゲン、韓国語ではワンと読みます。一つの字が言語ごとにまるで違う音になっています。
チャンも同じです。陳は中国語でチェン、日本語でチン、ベトナム語でチャンです。漢字が地域を渡ったあと、それぞれの言語が自分の音を当てました。
漢字で書き出すと、ベトナムの姓一覧は日本人にも見慣れた字が並びます。阮 黎 陳 范 黄 武 潘 張 裴 鄧 杜 呉 胡 楊。
中国の姓と同じ根なのかという問い
字が同じなら根も同じかという疑問が自然に出ます。答えは家によります。
中国から渡ってきて根を下ろした家は実際にあり、そういう家は家譜にその由来を書き残しています。逆に、ベトナムで生まれ育った家が漢字表記を借りただけの場合も多くあります。
グエンについていえば、いまこの姓を名乗る人の大半は、先ほどの改姓の連鎖を通ってこの姓になりました。中国の阮氏と血でつながっているからではありません。
少数民族は事情がまた別です
ベトナムには54の民族が暮らします。人口の大半はキン族で、残りの53民族が一割台を占めます。
これらの民族にはもともと漢字式の姓がなかった例が多くあります。戸籍を作る過程で姓を持つことになり、そのとき同じ村の人が丸ごと一つの姓を受けたりしました。
サパやハザンのような山間部で会う方々の姓が一方に偏っているのは、そのためです。

アメリカの姓ランキングにもグエンがいます
この並びは国外に出ても付いていきます。アメリカ国勢調査局が公表した2010年の姓ランキングを開くと、その様子がそのまま出てきます。
グエンはアメリカで38番目に多い姓です。2000年の調査では57位でしたから、十年で二十近く順位を上げました。
もっと目を引くのはその下です。ランキングを下っていくとベトナムの姓が次々に現れ、出てくる順番が本国の順位とほぼ同じなのです。
グエンが38位。その下にチャンが132位、レーが277位、ファムが370位と続き、さらにフイン、ファン、ヴォー、ヴーが並びます。本国の順位とほとんど同じ並びです。
移民が順位をそのまま運びました
本国で多い姓が移民社会でも多い。当たり前に見えますが、どの国でもこうなるわけではありません。
特定の地域からだけ移民が出る国では順位が入れ替わります。ベトナム系の移民は地域が偏らなかったので、本国の比率がほぼそのまま渡りました。
オーストラリアではもっと上がり、グエンが上位十位に入ります。フランスでも50位台です。
そこでまた数字が食い違います
海外の資料には、グエンを名乗る人が世界に8,000万人を超えると書いたものもあります。逆にベトナム人口の15%ほどだと書いた資料もあります。
15%は先ほどのどの推計とも合いません。何を数えたのか明かしていない数字です。
この姓の比率を語る資料を見たら、いつ誰が何を数えたのかをまず確かめてください。出典のない数字が特に多く出回る名前です。
Nguyenは一音節です
ローマ字で六文字なのに、読むときは一息です。ここで外国人のほとんどがつまずきます。
「グエン」と書くと二文字に見えますが、実際は一音節です。「ヌ・グ・エン」のように区切ると通じません。
英語圏ではwinの前にsingの語尾の音を付けてみろと説明します。ngwinに近い音が出ます。
北と南で違います
ハノイで聞く音とホーチミン市で聞く音は同じではありません。
北では末尾が上がります。問いかけのように聞こえます。南では末尾がngの音で閉じ、下に沈んでから平らになります。
どちらも正しい音です。地域による違いにすぎません。
できなくても構いません
ベトナムの人も、外国人がこの音を正確に出すとは思っていません。声調まで合わせるには長い練習が要ります。
ただ、一音節にまとめようとするだけで通じます。三つに区切って読むよりずっとましです。
日本語表記はグエンで定着しています。「グェン」「ングエン」と書かれた資料もありますが、同じ名前です。
いまも姓を取り戻そうとしている村があります
姓を変える話は昔のことだけではありません。ハノイから車で一時間ほどのフンイエン省に、そういう村があります。
コアイチャウ県リエンケー社に、カムケー、ボイケー、カムボイという三つの村が隣り合っています。ここに住む千人ほどがドー(Đỗ)という姓を名乗ります。
ところが村の人たちの言い分は違います。ドーは本当の姓ではないというのです。
フンイエン省リエンケー社地図
700年ほど前に付けた字だといいます
村の言い伝えでは、およそ700年前に先祖が正体を隠すためにドーという字を前に付けました。本当の姓はその後ろに来る字だ、というのです。
ですからこの村の男性の名前はドー・チャン、ドー・ヴァン、ドー・バー、ドー・クアンのように二字で始まります。村の人は後ろが姓で、ドーは付け足しだと言います。
根拠として挙げるのが女性の名前です。この村では娘にドーを付けず、本来の姓で名前を付けてきました。チャン・ティ・スアン、ヴァン・ティ・トゥーのような形です。男だけを偽装したという話になります。
700年前なら1300年代です。先ほど見た改姓が続いた時期と重なります。史書の記録ではなく村の言い伝えですが、時期は合っています。
2002年から姓を直してほしいと申請しています
2002年にドー・チャンの一族が先に動きました。300余りの世帯分の姓を直してほしいと役所に申請したのです。ドー・バーの一族200余り世帯が続き、九つの一族が順に申請書を出しました。
省の司法局はまず二人について試験的に訂正を認めました。残りは待っています。
待つあいだに問題が起きました。女性300人ほどが戸籍の訂正を待つあいだ身分証を受け取れず、そのうち一部の学生は大学入試で支障を受けました。700年前の偽装が、いまの人の進学を止めていることになります。
ハノイにも同じ村があります
ソンドン社、タンラップ社、コンホア社でも似たことが起きています。娘が父の姓を名乗らない村です。
ベトナムで姓とは何かという問題は、まだ終わっていません。史書に書かれた昔話ではなく、いま役所の書類の上で進行しています。

パスポートの欄は二つしかありません
ベトナムの名前は三つに分かれているのに、国際規格のパスポート様式には欄が二つしかありません。ここで実際に問題が起きます。
国際民間航空機関の規格は、名前を姓と与えられた名の二欄に分けます。ベトナムのパスポートには姓、ミドルネーム、名前が順に印刷されますが、どれがどれか印がありません。
ですから航空券を取るとき、どこをどの欄に入れるのかが本当に分からなくなります。
入れ方は決まっています
先頭の一つだけを姓欄に入れます。グエン・ティ・トゥオンヴィならグエンです。残りのミドルネームと名前は、その順のままつなげて名前欄に入れます。ティ・トゥオンヴィになります。パスポートに印刷された並びを変えてはいけません。
カタール航空はベトナムの名前をどう入力するか案内する専用ページを持っています。航空会社が一国の名前の並びのためにページを作るほど、頻繁に起きる問題だということです。
間違えるとどうなるか
パスポートと航空券の名前が違うと、搭乗を断られることがあります。出入国審査で時間がかかることもあります。
ベトナムの方の予約を代わりに取る場面があれば、パスポートの写真を見ながらそのまま書き写すのが安全です。
電子ビザの申請でも同じ規則が働きます。パスポート下部の機械読取部分の綴りをそのまま写せば間違えません。
ホテルでは名前のほうを言います
チェックインで姓を言うと名簿から見つからないことが多いはずです。この記事がずっと話してきた理由からです。
予約確認書の名前全体を見せるか、後ろの名前を言えばずっと早く終わります。
名札一つに800年が入っています
フロント係の名札にあるグエンは、ただよくある姓ではありません。1232年に姓を奪われた人々、1428年に褒美として姓を受けた功臣、1593年に王朝が倒れて逃れた人々、1880年代に戸籍を作りながら姓を得た人々が、800年かけて同じ一字に集まった結果です。
その子孫がいまホテルのフロントに立ち、タクシーを走らせ、食堂をやっています。名前を尋ねると、たいてい後ろの一つか二つを教えてくれます。その部分こそが、その人を指す本当の名前です。
パスポートの綴りをそのまま写す要領はベトナムのビザ・eビザ案内に書いてあります。
入国時に止められる物と規定はベトナムで違法なものに整理してあります。

